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第33回みらいつくり読書会_開催報告

古典を読む。
世界を旅する。
みらいをつくる。

 

第33回みらいつくり読書会を開催しました。

【日時】
2021年9月6日(月)16:00〜17:00
【課題図書】
ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』
【参加者】
6名(うちラジオ参加2名)
【板書記録】

アメリカ文学第3弾はヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』。
ヘミングウェイとフォークナーを比較した後、次回のマーク・トウェインを見据えながら、ヘンリージェイムズを扱いました。
『ねじの回転』新潮文庫の帯にはこう書かれています。
「幽霊は誰なのか 私は誰なのか 精緻にして耽美 ホラー小説の先駆け」
この物語において、何が真実なのかはわかりません。
読み進めると、そもそも真実なんてないのかもしれないとすら思うようになりました。
「全ての登場人物が実は幽霊であった」とされてもあり得るし、語り手である「私」が幽霊であって、他の登場人物が生きているのだとして考えることもできそうです。ある参加者から出た意見は、全ては「私」の妄想だった、というものでした。そう聞いてからもう一度この作品の最終段落を読み直すと…改めて狂気を感じました。
これは本作を研究している学会においても立場が分かれて長年議論されているようです。
100年前に書かれた小説が、いまだに議論の対象となっている。さらに学会だけではなく一般の読者同士でも立場を分けて話し合うことができる。これはすごいことなのだと思います。

この物語が面白いのは、「私」と子どもたち(フローラとマイルズ)が単純な敵対関係にはなっていないところにあるように思います。生きている人vs幽霊という構造も取ってはいません。「私」はマイルズやフローラを美しく思い、天使のようだと述べる。そこから、実は全てをわかっていながらなんらかの理由で全てを隠しているのではないかと疑い出す。かといってその美しいと思う気持ちが無くなったわけではなく、それらが同時にありながらその割合が変化する。まさにこれが「意識の流れ」ということなのかもしれません。

ヘンリー・ジェイムズは、そのお兄さんであり心理学者のウィリアム・ジェームズと併せて語られることがあります。いずれにしても、これまで読書会で扱ってきた作品がそうであったように、文学が時代を先取りして多くのことを表現していることが言えそうです。

ヘミングウェイの対極的な文体であるとも言われるヘンリー・ジェームズ。
そして次回の課題作品は、マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険』です。ヘミングウェイは『ハックルベリー・フィンの冒険』を指して「アメリカにある最良の本である」「すべてのアメリカの文学作品はそれに由来する。以前は何もなかった。以来それに匹敵するものはない。」と述べました。

次回は少し間を空けて、9月27日(月)16:00〜17:00に行います。
少し厚く感じる課題作品ですが、子どもも読める作品ですので、少しずつ読み進めていただければと思います。

これまで読書会に参加したことのある方も、そうでない方も、ぜひご参加ください。

【事務局】
みらいつくり研究所 松井
(matsui-ka@kjnet.onmicrosoft.com)

*ラジオ参加も大歓迎!
「ちょっと議論には加われない」「その時間は作業しているから」
そんなみなさんにおすすめの「ラジオ参加」。
zoomのカメラをオフにして、ラジオみたいに聞き流す。
そんな「学び」があっていい。そんな「参加」があっていい。
興味のある方はぜひ事務局にお問い合わせください。