2025.8.29
喀痰吸引研修レポートNo.4です.
しばらくレポートを更新できませんでした.
昨日,筆記試験を終えました.
(筆記試験までの演習については,追って記事にしたいと思います.)
筆記試験中,回答を終えてから退出するまでには少し時間がありました.
私はなんとなく「研修中に感じたこと考えたことを私はすぐに忘れてしまうんだろうな」と思いました..
以前に図書館で借りて読んだ,宮地尚子さんの「環状島の理論」を思い出しました.
筆記試験を終えて,会場を出ました.
会場から札幌駅に向かって歩いている途中で,頭の中で考えていることがグルグルと回っているような感覚がありました.
「もう考えていいんだ」,そう思うと,ドキドキしてきました.
喫茶店に入って,先ほどまでに考えていたことをフィールドノートにメモしました.
メモをする手が震えていました.
もう一度,宮地尚子さんを読みたいと思い,札幌駅にある本屋さんに行きました.
機械で本の場所を検索し,社会学の棚に並んだ本を手に取って,レジに並んで購入しました.
乗りたいJRが1〜6号車であることを確認し,ホームの端に引かれた線の上に並びます.
私の周りに人はいませんでした.
買ったばかりの本を開きました.
このように心の安定が奪われやすく,人間関係にも影響がおよぶ中で,燃え尽きず,身体を壊さず(残念ながら比喩でいっているのではない),たんたんとトラウマ被害者と関わりつづけるのはたやすいことではない.…それを「サバイバル=生き延びる」と呼ぶのは,大げさに聞こえるかもしれない.被害当事者の苦しみに比べたら,甘っちょろいと言われるかもしれない.しかし,当事者とはちがって「逃げる」という選択肢がある分,支援者や研究者が関わりつづけること,つまり支援者や研究者としてサバイブしつづけることはより難しいとも言いうる.そして支援者の消滅は,しばしば当事者のサバイバルの可能性の消滅と直結する.そう,加害者が傍観者にのぞむのは,何もしないということだけなのだから.p.8,宮地尚子(2018)『新装版 環状島=トラウマの地政学』
読み始めて,いつも本を読む時に使っている赤ペンで線を引きました.
試験に出るところでなく,
人に大切だと指示されたところでなく,
自分で読んで自分が大切だと思ったところに線を引きました.
本を読むことは自由の象徴なんだと思いました.
本書で述べようとすることは,ある意味で単純である.それはトラウマが語られる,もしくは表象される空間は中空構造である,ということである.…アレントはすでに「忘却の穴」という言葉を提出しているし(ハナ・アーレント/大久保和郎・大島かおり訳『全体主義の起源3 全体主義』みすず書房,一九八一),スピヴァックは「サバルタンは語れるか?」という問いを反語的に放った(G・C・スピヴァック/上村忠男訳『サバルタンは語ることができるか』みすず書房).「忘却の穴」は確実にあるし,サバルタンは,少なくとも「あなた」の理解できる言語では語れない.…この中空構造をもう少し精密化・立体化したものが,「環状島」というモデルである.p.9,同書
「この中空構造をもう少し精密化・立体化したものが」という部分に赤い線を引きました.
そこには,環状島の側面図と平面図が線でつながれた図がありました.
私は,考え事をしながら図を書いたり,構造を考えたりすることが好きだったことを思い出しました.
少し涙が出ました.
私が研修中に考えたことをどれだけここに書けるかわかりませんが,
せめてあと数回,このレポートを続けたいと思っています.
みらいつくり研究所
まついかい