この世界に、いま誰も経験したことのない事態が訪れている。日々更新される数字を前に、全てのひとが例える言葉をもたない不安に襲われる。私たちはその不安にいかに立ち向かうことができるのか、いまその社会の真偽が試されている。
わが国では、全国に先駆けて北海道知事が緊急事態宣言を発令した。短い準備期間を経て小中学校が全て休校となり、子育て中の世帯、とくに共働きやひとり親家庭に大きな衝撃を与えた。生活に与える影響、特に母親の就労に関する対策はその時点で打ち出されることはなく、皆、手探りのなかでいつまで続くともわからない日々にいつのまにか突入していた。
まがりなりにも民主主義を謳う社会であれば、市民の自由を奪う公権力が発動されるとき、自由が制限され負担を強いられる者に対する説明責任が果たされなければならない。もちろん未知のウィルスについて詳細に説明せよというものではなく、生活に与える影響をどのように想定し、それに対する補償をどの程度の予算でどのような政策をもって検討しているのか、今回の一連の流れにおいて、残念ながら充分な説明がなされたとはいえない。
このウィルスのために同じく緊急事態に入った北欧諸国は、いまびくともしていない。もともと地域内の経済循環が有機的に機能している社会には鎖国政策が与える打撃は少ない。電力自給率の高いデンマークは最たるものだ。ITの普及が進む小中学校は混乱なく在宅学習に移行し、在宅ワークも支障なく進められている。
外出禁止令を発動したデンマークの首相は、全国民に向けた記者会見とともに特別に「子ども向け会見」を開いた。子どもたちから寄せられた質問は多岐にわたる。「なぜ家から出られないの?」「おばあちゃんに会いに行ってもいいの?」「友達を招いた誕生日会を開いても大丈夫?」「外に友達と遊びに行ってもよいの?」。
ひとつひとつの質問に対して今現時点でできる回答を述べ、その理由を説明をしたうえで、首相は、真摯に子どもたちに協力を求めた。その姿は、まさに子どもをひとりの人格として尊重している証である。その大人の態度を受けて子どもは、自分自身でその回答について考え、社会のために自分がいまなすべきことを選択し、そして行動する。つい先日には、長引く外出禁止令の説明のために2回目の子ども向け会見が開かれた。
日本の政治家や首長のなかに、大きな負担を強いる子どもや若者世代に真摯に説明を行い、協力を求めた人がいるだろうか。一度しか味わうことができない貴重な子ども時代を、青春の時期を無雑作に奪われるその痛みに対する共感を表明した者は果たしているだろうか。多くの大人は、それを実感しているはずである。その共感を国民の代表として子どもたちに届けるのが民主主義社会で選出された代表者の役割ともいえよう。
新型コロナウィルスの感染が終息したときに私たちに再びチャンスが訪れる。子どもたちに強いた犠牲、奪われた長い時間に対してこの社会が真摯に向き合い、心からの感謝の意が示されることを期待したい。
2020年4月2日
みらいつくり研究所
高波千代子