前回書いたように、2018年9月の北海道胆振東部地震を経てもなお、法人内の情報共有はWebベースであり、チャットやテレビ会議を日常的に使用することは無かった。直行直帰の職員もいたが、大部分は「毎日事務所に出勤する」というスタイルであり、「リアル空間で直接やり取りできる」という状況にあったからである。
その状況を大きく変えたのは、第1回で述べた「新型コロナウイルス感染症の流行」である。緊急事態宣言が全国に拡大され、稲生会のある北海道が特定警戒都道府県に指定されたタイミングで、稲生会は在宅ワークを取り入れた「分散出勤スタイル」へと移行した。つまり、「リアル空間で直接やり取りできる」のがむしろまれな状況になったのである。
事務所に出勤するのは全職員の約2割で、残りは在宅ワーク。第2回で述べた震災直後の状況が、常態化したということになる。震災後対応の経験があったので、迅速な情報共有のための「チャット機能」が必要になるという確信はあった。また、その状況が長期間に渡ることが予想され、それまでリアル空間で行っていた会議やミーティングを「テレビ会議機能」で行う必要もあると考えられた。
また、在宅でもアクセスできる「クラウド機能」も必要である。それまで稲生会では、専用のVPN(ヴァーチャル・プライベート・ネットワーク)を介して各種ファイルにアクセスできる仕組みを活用していた。法人で用意した専用端末でしかアクセスできず、事務所の外でアクセスする場合は法人で用意した端末およびモバイルルーターが必要であった。在宅でアクセスできるのは、時間外の臨時往診に対応する医師と、基本的に直行直帰である職員のうち訪問看護ステーションに所属する看護師とセラピストの一部のみであった。
「事務所出勤2割、在宅8割」という分散出勤体制になると、普段の業務に必要なファイルにアクセスできない人が大量に出てくる。専用端末とモバイルルーターを全員分揃えるのは、コスト的にあまりにも大変だし、時間もかかる。専門的なシステムを構築するのも、やはりコストも時間もかかってしまう。「数日」という単位で導入できるシステムで無ければ間に合わない。「数週間~数カ月」という単位だと、既存のシステムでなんとか乗り切る(たとえそれが非効率でも)仕組みを各事業所・各チームで作り上げてしまうことが予想されるからである。
とはいえ、システム構築の専門的知識がある職員は内部にはいない。そもそも、それまでの診療やケアはすべて継続することと、さらにそれを普段より少ない人数でやることが求められる状況で、システム構築に回せるマンパワーも時間も無い。また、新たなシステムを導入するためのコストについても、様々なシステムの情報を比較し、見積もりを立て、それを運営会議で決定し…となると、かなりの時間がかかってしまう。
平時であれば私(土畠)は、月の半分くらいは事務所におらず、外部に講義や講演に行ったり、診療後方支援のため北海道内各地を訪問する日々であった。医療法人稲生会 生涯医療クリニックさっぽろとしての診療は新たな院長・副院長など他の医師に委ねたが、むしろ忙しくなった日々を過ごしていた。東京日帰り出張は当たり前、道外への出張から夜中に札幌に戻り、翌日早朝には別の道外への出張のために千歳空港に向かう…といった日々であった。一度だけ、「札幌に日帰り」したこともあった。複数の用事が重なった結果、東京のホテルをチェックアウトしないまま、札幌の用事に参加してまた東京のホテルに戻る(つまり自宅には帰っていない)ということもあり、もうどこがスタートなんだかわからなくなってしまうようなこともあった(もっとも、そんなレベルではなく忙しい人たちがたくさんいるのは知っている。近いところだと私の兄は、月の半分以上は海外出張で、日本に寄るのはトランジットだけ、みたいな日々を過ごしていた。もちろん今は、国外へ出ることも無く、在宅ワークが中心になっていると聞いている)。
「そうだ、システム構築しよう」と言ったか言わないかは覚えていないが、私が「ひとりシステム部門」としてシステム構築をすることにした。それまでのシステムは、稲生会が所属する渓仁会グループ(総職員数6,000人以上の東北以北最大の医療福祉グループ)の本部にあるシステム部門にお世話になっていたが、このような状況の中でお願いするのは申し訳無かったし、日々変わる外部環境の中で迅速かつ柔軟なシステム構築を行うには、内部の人間が行う必要があると考えた。
まず検討すべきは「どのシステムを導入するか」である。稲生会も含めた渓仁会グループではもともと、MicrosoftのOffice 365というシステムを活用していた。稲生会の法人代表メールや法人職員のメールが「~onmicrosoft.com」になっているのはそういう理由である。そうなると、MicrosoftのシステムであるMicrosoft Teamsを活用するのが最も自然な流れである。実際私も、すでに取得しているOffice 365のアカウントを使用して、Teamsというテレビ会議システムを使ってみようとした。…が、うまくいかない。何度やってもうまくいかない。もともとせっかちで忍耐強くない私は、Microsoftとのそれ以上のお付き合いはやめた。
他に、サイボウズのシステムもちらっと考えた。かつて、医療法人稲生会として独立する前、同じ渓仁会グループの急性期総合病院である手稲渓仁会病院で「小児NIVセンター」という部署として活動していたとき、NIVセンターの部署内(といっても7人)でサイボウズの仕組みを活用していたことがあった。ただ、当時は人数も少なく、リアルタイムでのやり取りがものすごく密だったこともあり、「部署内情報共有システム」の必要性はそれほど高くなく、結局使わなくなった。その後、国内の某準公的機関での業務に関してサイボウズのシステムを使わざるを得なくなったのだが、なんだかいつまで経ってもうまく使えない。その後、国内の著明な在宅医療機関を視察させて頂いた際、サイボウズのキントーンというシステムを活用されていた。なんだか、やはり有用なシステムのようだ。でも、自分はうまく使えなかった。相性が悪かったのか…と、自分の中では「ご縁が無かったようです」とつぶやくしかなかった。
最終的に導入したのが、GoogleのG suiteである。Googleについては、前述した小児NIVセンター時代、サイボウズの前にGoogleカレンダーを使用していたことがあった。その際、理由はいまだに不明なのだが、一気にカレンダーのデータが消失してしまったことがあり、それ以来「Googleカレンダーは急に消えることあるしね。使えないね」という評価だった。ただ、個人用のスマートフォンも、業務用のスマートフォンも、いずれもauのandroidだったこともあり、Googleアカウントは作成させられていた。「活用する」というレベルで全く無かったのだが、活用せざるを得なくなる事態となる。具体的には、Gメールを必要に迫られて使うようになった、ということである。
もともと私がメインで使っていたメールアカウントは、大学2年生で1カ月間留学した際にアメリカで作成したMicrosoftのホットメールであった。以来ずっとそれを使っていたのだが、1~2年程前から不具合が生じる。詳細はいまだに不明だが、こちらが全く知らないうちに、メール受信を拒否しているという事象である。ちなみに、相手にも「受けとれませんでした」メールは返信されないという事態。メールを送ったお相手からすれば「送ったのに返信が無い」「送信できませんでしたメールも返ってこないから送らさったはずだ」「前はすぐに返信くれてたのに土畠はどうなってしまったのか」「もしかして黒ヤギさんたら読まずに食べたのかしら」という、なんとも申し訳ない状況が続いていた(らしい)。色んな方からのご指摘で事態が発覚、ホットメールと同じMicrosoftのOffice 365メールでも同じ事象が発生したら大変、ということで、致し方なくなんとなく作成していたGメールアカウントをメインとして活用することになった。
ちゃんとGメールを使うようになったら…、「なんだこれ、めっちゃ便利じゃん…」「飛行機の予約したら自動的にGoogleカレンダーに飛ぶんだ…」「しかもなんかクラウドとかに連動しちゃってるじゃん…」という感じで、今さらながらGoogle先生の偉大さを知ることになる。
決定的だったのは、2019年12月にカナダに出張したときのこと。それまで5年くらい使っていた私用のスマートフォンがいいかげんうまく動作しなくなってきたので、買い替えることになった。私は大の「Gショックケータイ」好き。一度、冬に落として見つからなくなったGショックケータイを自分の車で轢いたことがある(当時はシボレーのアストロというばかでかいキャンピングカーに乗っていた)のだが、それでも壊れなかったという伝説をアツく語る私の影響で稲生会の業務用携帯もGショックケータイになったのかは定かではないものの、とにかく「落としても画面割れないぜー。車に轢かれたってへっちゃらだぜー」というその剛健ぶりが好きなのである。
久しぶりにGショックケータイを新しい機種に交換したら、そこに待っていたのは魅惑のGoogleワールド…。カナダという異国の地においても、Googleマップがあれば迷うことは無いさ、近くのレストランもGoogle先生に聞けば一発、旅先で撮影した写真の整理だって勝手に整理しちゃうよ、さあ委ねてごらん、Googleワールドへ…という、「ビックデータワールド」の虜になったのである。
話を戻すと、分散勤務体制における在宅ワークのシステム。ここはやっぱりGoogle先生に頼ってみようか!ということで、GoogleのG suiteについて検討することにしたのだが、G suiteの活用を決定的にした理由は他にもう一つ。それについては次回で。